過去の大震災の最近のブログ記事

阪神・淡路大震災

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阪神・淡路大震災は、戦後最大の震災です。
1995年(平成7年)1月17日未明に、淡路島北部を震源地として発生しました。
阪神・淡路大震災は淡路島をはじめとする兵庫県に大きな被害をもたらし、神戸市街地を壊滅状態に追いやったのです。
被害はなかったものの、阪神・淡路大震災の揺れは広範囲に及びました。
日本で観測史上、初めて震度7が観測された地震であり、復旧までには長い年月を必要としました。
阪神・淡路大震災での死者は6434人にのぼり、負傷者は4万人を超えています。
電気・ガス・水道などのライフラインが寸断され、都市部での地震対策を語るうえでの多くの問題点を提起したともいえます。
幸いなことに、阪神・淡路大震災の発生が夜明け前であったことから、死亡者数も6434人ですんだとの見解もあります。
もし昼間に発生したと仮定すると、その被害は計り知れないものとなったでしょう。
阪神・淡路大震災の教訓から、ライフラインの早期復旧など行政の対策が注目されるようになりました。
また国民の防災意識も高まり、避難訓練でも地震を想定したものが行われるようになっています。
多くの人命が失われたことで、さまざまな問題点を見直すきっかけになったともいえます。

新潟県中越地震

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新潟県中越地震は、2004年10月23日に発生しました。
阪神・淡路大震災に次ぐ、平成における大震災の一つです。
新潟県中越地震の大きな特徴は、震源地が地下20キロと非常に浅かったことです。
そのため、余震も震度6といった大きなものが何度も観測されています。
また、新潟県中越地震では、2ヶ月以上にわたって大きな余震が発生しています。
これも震源地が非常に浅かったためと言われています。
新潟県中越地震での死者は68人、負傷者は4805人というデータがでています。
これは阪神・淡路大震災の教訓を基に、震災に備えた街づくりを進めた結果ともいわれています。
さらに新潟県は、日本でも有数の豪雪地帯です。
この豪雪に耐えうる頑丈な家屋が多かったこと、山間部で人口の密集がなかったことなどが、被害の少なさの要因だともいえます。
逆に、新潟県中越地震では山間部ゆえの問題点を提起しました。
もともと、この地域では水害の被害も少なくありませんでした。
新潟県中越地震が起こった年は、多くの台風が上陸し、降雨によって地盤がかなり緩んでいました。
それが新潟県中越地震が引き金となり、土砂崩れや地すべりなどの被害をもたらしたものと考えられます。

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